窓開けたら涼しくてサンチマンタリスム

いつもならクーラーの電源を切ったらすぐに暑くなるのに、そんなに暑くないなーとか思って窓を開けてみると、室温よりも外気温の方が低くて、急に「秋の夜長」という言葉が頭に浮かんだ。まだ8月だけど。
学生時代の夏休みを思いだして鬱になることはなかったが、例によって休みが終わるとなるとものすごい鬱になる。どうせ会社に行ったら直るんだろうが。しかしこの一週間を振り返ったらまぁロクでもない時間の使い方をしてたと思うとまぁ会社を定時に帰る生活というのが一番健康的だと思う。まぁ国内のこの業界は超絶におかしいから無理だろうが。これ以上何か書きたいがまとまらんから止めとく。
そういえば最近文章を書いてなかった。せっかくの秋の夜長なのでまぁそんな気分でうだうだと文を綴ってみる。

もう中二病を患って随分だが、先頃その全盛期の頃に書いたと思われるノートを見つけたが、開く見る(勇)気が起こらなかったので中を見たりはしていない。さりとて何故か捨てることもできない。
というのは置いといて、その本棚には中途半端に集められたラノベやら漫画がある。なぜ中途半端にしかないのか?物語というものは嫌いではない、しかしどうも昔から漫画や小説の類を読んでも、あるいはアニメを見ても内容に関して「これは続きが気になる!」とかあんまり思わないのである。あと内容に関してあれこれ語ることができない。人が物語を読んで批評をしているのを見ると、何故批評できるのかが気になって仕方がない。何を見て良いとか悪いとか言ってるのか、それが分からない。分からんから続きが気にならんのだろう。なんというか、頭の中で文と文、セリフとセリフ、場面と場面を繋げられないのだろうか。わからん。あと行間とかも分からん。「…」の意図とか、登場人物がなぜその行動をとったのか、というかその行動自体に疑問をいだくことすらできない。なんでみんな感じとれるんだろうか。私は物語の楽しみ方が分からない。全ては触れたことのある作品の数なんだろうか。確かに私は漫画・活字・アニメ・ドラマ・音楽はあまり嗜んでいなかったが、いやアニメは割と見てたほうだが、それにしたって映像と音がある点で同じドラマと合わせて考えたら人より見てる時間は短いか。と、そういえばそもそも私は何に対しても批評できたことは無いし、感想も述べられたことなんて無いではないか。技術書だろうがお笑いだろうがゲームだろうが。人の言っていることでも、言葉に込められた暗黙の意味とか、前後の文脈から来る意味を汲みとることはできない。言葉が本来持つ意味をそのまま受けとるしかできない。あぁなんかもうどうでもよくなってきた。絵描く。
今気付いたがこの文、やたらと否定形と疑問形が多い気がする。
あー絵描くにもデッサンの事を置いといても服飾が全然ダメだった。こっちのほうはもう絶望的としか言いようがないな。まぁなんか描くけど。